カジノでコインを稼いだら
いま、あたし――ミーティア・ラン・ディ・スペリオルは大きな箱と対峙していた。
ここ、ルアード大陸では『スロットマシン』と呼ばれている、大きな箱と。
そして――
「…………。いざ!」
かけ声ひとつ、投入口へと手持ちのコインを十枚、一気に滑り込ませる。
さあ、果たしてこの勝負、勝つのは確固たる意志を持つあたしか、それとも、意志はおろか意思すら持たないただの機械か。
やがて、リールの回転を止めるべく、あたしは三つあるボタンのうち、一つ目のそれに指を押し込ませていった――。
ルアード大陸は、世界で唯一、魔道技術――魔術がまったく発達していない土地だ。
代わりに用いられているのは、科学技術という、あたしたちにとっては限りなく未知の技術。
しかし、そのメカニズムはまったく理解できなくても、使い方さえわかってしまえば、他の大陸から渡ってきた人間であっても使いこなせてしまうほどの汎用性を備えているのが、科学技術のすごいところで。
となれば当然、リューシャー大陸からやってきたあたしたちにだって使えるわけで。や、もちろん最初は戸惑ったけどね。でも一般的な機械なら、そこそこ使えるようにはなっている。主に、生活に密着しているものや、娯楽に使うものだけではあるけれど。それでも……ああ、機械のことを『キカイ』なんて発音していた頃が懐かしい。
……さて、現実逃避はこのくらいでやめるとしよう。
「尽きたわね、路銀……」
ルアード大陸の首都にて。
茜色に染まった空を見上げ、あたしはポツリと呟いた。旅の仲間にしてあたしの親友でもある少女――ドローアもそれに倣う。
「尽きましたね、路銀。せめて、ここがリューシャー大陸であれば、まだどうにかしようはあったのですが……」
「なあなあ、そんなことより今日はどこに泊まるんだ? 夕飯、なに食う?」
能天気かつ考えなしな発言をかましてくれたのは、ドローア同様、あたしの旅仲間である青年。その名をアスロックという。
「おい、アスロック。もうちょい悲観しろ。さっきから言ってるだろ、路銀が尽きたって。つまり、逆立ちしたって今日は宿には泊まれないんだ。当然、メシも食えない」
嘆息混じりに突っ込みを入れるのは、アスロックの幼なじみ兼彼の親友であるファルカス。一応、いまはあたしの旅仲間でもある。
アスロックは親友が発した言葉を冗談とでも解釈したのか、
「またまたそんなこと言って。お前はちょっと悲観しすぎだぞ〜」
や、違うから。あんたが楽観視しすぎているだけだから。
なにかを口にしかけ、しかし、いまのアスロックにはなにを言っても無駄と判断したのか、結局なにも言わずに口を閉じるファルカス。彼が次に視線を向けたのは、このメンバーの中ではもっとも頼りになる女性――ファルカスのパートナーであるサーラだった。
「……とりあえず、仕事を探そっか。選り好みはあまりせずに、場合によっては長期間拘束される可能性も覚悟しないとね」
苦笑して、そう提案するサーラ。まあ、それが一番現実的な解決策か、やっぱり。
でも、長期間の拘束は、できることなら受けたくないなぁ。すぐに別の大陸に行くつもりでいたのだし、短期の仕事があるのなら、やっぱりそっちのほうがいい。例えば、モンスター退治とか、盗賊退治とか、あるいは、この町から別の町へ行こうとしている人の護衛とか。
あ、でも別大陸に渡る人の護衛だけは絶対に受けたくない。他人の操る船を追うのって、すごく難しいから。
「なあ、じゃあ今日の夕飯はどうするんだ? 保存食も切れてた気がするんだけど……」
若干、蒼ざめた顔でアスロックが問うてくる。もちろん保存食は切れている。となれば、ファルカスの言ったとおり、今日の夕飯は食べられない。まあ、人間、一食くらい抜いても死にはしないだろう。幸い、ここでなら水はタダで手に入るし。
アスロックにそう告げようとした瞬間、「仕方ありませんね……」とドローアが懐に手をやった。そこから出てきたのは小さな皮袋。チャリンと小さく金属がこすれる音が響く。
「私がこっそり貯めていたお金です。夕食と明日の朝食が出る宿屋に一晩なら泊まれるくらいの額があります。とりあえず、今日はこれで宿に泊まりましょう。夕食をとったら、各自、仕事を探しに出るということで」
「えらい、ドローア!」
さすがあたしの親友! 頼りになる!
見ればアスロックは目をキラキラと輝かせ、サーラもサーラでホッと安堵の息をついていた。
そしてファルカスは、
「……ふむ。なあドローア、ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう、ファルカスさん」
「まず、時間は有限だ。そして人生は意外と短い。それはわかるな?」
「はい? え、ええ、まあ……」
「で、だな。オレは思うんだ。短い時間で金をたんまり稼げるならそれに越したことはない、と」
「まあ、それはそうですね……」
また胡散臭いこと言ってるな〜、みたいな目でファルカスを見るドローア。しかし彼はそんな視線など気にした風もなく続ける。
「だろう。そしてオレは以前ここに来たとき、たんまり稼げる場所を見つけた。まあ、あのときは色々とゴタゴタしていて、とても寄っていられなかったんだけどな」
「えっと、裏組織的ななにかでしょうか?」
「…………。まあ、表か裏かと言われれば、裏であることは否定しない。だが、その金をオレに預けてもらえれば……約束しよう。十倍――いや、百倍にして返すと」
「お断りします」
「即答っ!?」
「…………。言いたいことはいくつかありますが、とりあえずひとつだけ。あまりミーティアさまを裏側の世界に連れ込まないでください」
「いや、ミーティアを連れて行くとは一言も言ってないんだけどな、オレ」
「あなたにその意思がなくとも、ミーティアさまは絶対についていってしまわれるでしょうから。それに百倍にして返すってなんですか。ギャンブル的な臭いがプンプンします。悪い予感しか覚えません」
「まあ、ぶっちゃけギャンブルだからな」
「そんなところに行くお金を私に出せと? いえ、もちろん普段なら多少は多めに見ますが、いまこのとき、わずかばかりのお金をすべて預けるとでも?」
「や、そこはほら。信じろって、オレの強運を」
「かなりの強運をお持ちであることは認めますけどね。でも、それとこれとは別問題です」
「相変わらず、頭の固い奴だなぁ……。なあ? サーラ」
「ドローアちゃんの言ってることのほうが正しいと、わたしは思うよ?」
「酷い裏切りだな、おい!」
ファルカス、四面楚歌。
しかし、それでも彼は諦めなかった。ある意味では、アスロックと同じくらいバカだ、こいつ。
「だったら……だったら、宿代とメシ代を抜いて残った額でいい! それをオレにくれ! いや、貸してくれ!」
「むむぅ……」
おおっ! ドローアが揺れている! 時間をかけずにお金を稼ぎたいという思いは、ここにいる皆が持っているもの。である以上、ドローアが揺れるのは当然といえばそうなのかもしれない。
しかし、『楽して稼ぎたい』という思いのみが共通しているあたしたちって、もしかしなくても、なかなかに駄目人間なんじゃあ……。
「……わかりました。じゃあ、宿をとったあとに残ったお金を渡すとします」
やがて、ドローアが渋々うなずいた。対するファルカスは喜色満面。
「サンキュー! しっかり百倍にして返してやるからな!」
「あ、それは別に期待していません。そもそも、楽して稼ごうなんて考え方自体、間違ってるんですし。貸したお金は、落としてしまったものとしておきますよ」
なんともバッサリやられたなぁ、ファルカス。……まあ、それはそれとして、とりあえずあたしはファルカスについていこうっと。一体どこに行くつもりなのかな〜。わくわく。
「稼げるかどうかは別として。ファルカスさん、一体どこに行かれるおつもりですか?」
あたしが行く気満々なのは、ドローアにはお見通しなのだろう。彼女は心配そうにファルカスに問いかける。
ファルカスは、短く、一言だけでそれに返した。
「――カジノだ」
色を変え、場所を変え、建物内をライトが煌びやかに彩る。
どこからともなく聴こえてくる音楽が、気分をどんどん高揚させる。
ここが――カジノ! すごい! リューシャー大陸にあった賭博場とはなにもかもが違う!
まだ中に入ったばかりだというのに、テンションはすでにマックス!
「お客様、当店は初めてでございますか?」
問いかけと共に、黒いヒゲがダンディな、シックな服に身を包んだ男性がこちらにやってきた。年の頃は四十の半ばほど。名前はディーラーというらしい。
「……あ、ああ。四人だ」
先頭を歩いていたファルカスが答える。宿屋に泊まるときと同じことを言ってるけど、あれで大丈夫なのだろうか。
ディーラーさんは「さようでございますか」と返してきたのち、このカジノのシステムとやらを説明してくれた。
まずはカウンターに行ってコインを買う必要があるとのこと。……いま、いくら持ってたっけ、あたしたち。
早くも不安を覚えたが、コインを買わなければなにも始まらない。さっそくファルカスたちとカウンターへと向かう。
ちなみに、いまこの場にいるのは、あたし、アスロック、ファルカス、サーラの四人だ。つまり、ドローアを除く全員がファルカスについてきたってわけ。
やっぱり旅をしてると娯楽に乏しくなるから、物珍しそうな場所にはついつい足を運んでみたくなってしまうのだ。わかってもらえるかなぁ、この気持ち。で、ファルカスが行こうとする場所は、八割以上の確率で物珍しいところだったりする。自然、あたしとファルカスは一緒に行動する機会が多くなるってわけ。まあ、結果として彼と衝突することもあるのだけれど、それはそれ。
「……おい! 一枚しか買えないのかよ!」
カウンターにバンと手をつき、悲鳴じみた声をあげるファルカス。
「冗談じゃない。これじゃ客としてすら見てもらえないぞ……。コインの増やし方だって教えてもらえるかどうか……」
その言葉に、あたしは思わず目を瞠る。
「え、どういうこと!? ここって、リューシャー大陸の賭博場と違って、コイン一枚じゃ勝負すらできないの!?」
「……勝負できないってことはないと思う。でもな、カジノっていう場所のシステム上、コインをたくさん買って、何度も勝負して、負けまくってくれる客じゃないと、店側に『うまみ』ってもんがない……らしいんだ」
「『らしい』ってことは、実際にそうとは限らないってことなんじゃない? それに増えなくてもドローアは怒らないわよ」
「そうかもしれないが、オレのプライドがだなぁ……」
「そんなのあたしの知ったことじゃないもん。とりあえず、社会見学みたいなノリで一回勝負してみましょう。――すみませ〜ん、ディーラーさ〜ん! コインってどうやって増やすんですか〜?」
大声で呼びかけて。あたしたちは大きな箱が立ち並んでいる一角に案内してもらった。箱の名前は『スロットマシン』。素人でも気軽に遊べて、短時間で大もうけできる可能性のあるゲームらしい。
「店員の鑑だな、あの人。マジ紳士」
相手にしてもらえたことがかなり意外だったらしく、ファルカスはポカンとそんなことを言っていた。
ディーラーさんが去ったのち、あたしはスロットのルールを口に出して確認することにする。
「コインを入れてスタートボタンを押すと、縦の三つのライン――リールってやつが動き出す。このリールの回転をすぐ下にある三つのボタンを左から順に押して止めていって、横に三つ同じ絵柄が揃ったらコインが増える。――うん、実に単純。実に簡単ね」
スロット台の前にあるイスに腰掛け、さっそくチャリンとコインを投入。次いでスタートボタンをプッシュ。
三つのリールが高速で動き出す。
「わっ! 本当に動いた! 一体、どうやって動かしてるんだろう……。本当、底が知れないわ、科学技術」
「いいから、早く止めろって」
呆れたように脱力した声で、しかし、急かしてくるファルカス。
「わかってるって。じゃあまず、えい!」
一つ目のリールが止まる。
絵柄は――『7』。
「うおっ! 『7』か! 幸先いいな、ミーティア!」
「幸先いいって、なにが? あ! それより止まった! 本当に止まったわよ! さっきまであんな高速で動いてたのに! というか、残り二つはまだ動いてるのに! 慣性とか一体どうなってるの!?」
「や、どうでもいいだろ、そんなこと! それより次!」
「はいはい。……なによ、人の感動とか驚きとか、そういうのに水差してくれちゃって」
ボタンに指をかけ、二つ目のリールの回転を止める。
絵柄は――またしても『7』。
「っ……! い、いいか、ミーティア。落ち着け。落ち着けよ? 慌てるな? お前の――いや、俺たちの動体視力なら――」
「ほいっ、と」
「緊張感、欠片もないな、お前!」
ファルカスが耳元で大声を出す。ああもう、うるさいって。
それと同時に、景気のいい音楽とファンファーレが鳴り響いた。顔をしかめつつ、揃った絵柄を確かめる。
「『777』ねぇ……。コインが七枚もらえるの? それとも777枚? 後者だったら嬉し――」
あたしの言葉を遮って。
ジャラジャラジャラとコイン受け取り口から山ほどのコインが溢れ出してきた。……って、ちょ! これ、いつまで出続けるの!? まさか、機械壊れちゃった!?
「ま、まさかあたし、壊しちゃった……? ど、どうしよう、弁償なんてできないわよ……!?」
「違うよ! 大当たりが出たんだよ! ビギナーズラックってやつか!? ビギナーズラックってやつなんだな!?」
「は!? え!? ちょ、ちょっとサーラ、これって一体……?」
助け船を求めてサーラのほうを向く。
すると彼女は、
「倍率、一万倍……。すごい、夢じゃないよね……?」
口許に手をやりつつ、呆然と呟いていた。
……ふむ、一万倍の倍率ということは、つまり。
「一枚のコインが一万枚に化けた!?」
「お前、驚くの遅いよ!!」
それからは、思い思いに皆でスロットを楽しんだ。
本当に楽しい夜だった。もうウハウハよ。ウハウハ。
これも全部、あたしのおかげね!
なんて風に締めたかったのだけれど、現実はそう甘くなかった。
「まずい。まずいわ。また『777』を叩き出してやるって続けたのはいいものの、本当にチビチビとしかコインが手に入らない……」
敗因は、きっと『どの絵柄が揃っても、ジャラジャラとコインが出てくる』と思っていたことにあったのだろう。
でも実際は、『さくらんぼ』が揃ったら二倍とか、その程度だった。『777』はどうやら滅多に出ないものだったらしい。
「こい、こい……!」
一つ目、そして二つ目のリールに『BAR』が揃う。しかし、
「……よし、ここっ!」
ああ、なんということか。
あたしの動体視力は確かなのに。ちゃんとピッタリのタイミングで押したというのに。
ああ、それなのにそれなのに。
「こ、こら行きすぎっ! って、あれ? もう完全に静止したのに、どうしてまた動くのよ……。……あ! もう少し、もう少しだけ動いて……! あー……駄目だ。完全に止まっちゃった……」
まるでインチキでもされているかのように、一度止まったあとだというのに少しずつリールは動き、揃ったはずのものが揃わずに終わる。酷いときなんて、止まったというのにリールが絵柄二つ分ほど逆回転したことすらあった。
コインは一枚だけ賭けるよりも十枚まとめて賭けたほうが、当たったときにもらえるコインも多いとディーラーさんから聞き、一点集中の勢いで、とにかく常に十枚まとめて入れているのだけれど、これがなかなか当たらない。
更に、である。
なまじ、一番最初に『777』なんて大当たりを出しちゃったせいか、少しくらいいい絵柄が揃っても、微塵も嬉しさを感じない。
一番最初はなかったはずの負債。
それを返そうと、もう一度『777』を出そうと、あたしは躍起になっていた。
もう、ここまでくると娯楽ではなく一種の苦行である。
「おーい、どうだ? 当たりそうか? ミーティア」
あたしの後ろにずっと控えていたアスロックが退屈そうに声をかけてきた。こいつ、『ぐるぐる回ってるのを止めるだけなんて面白そうじゃないから、おれはここで見てる。ミーティアのリアクションのほうが楽しめそうだ』なんて言って、あれから本当に一度もスロットをやっていないのだ。
別にやらないとコインが減るわけじゃないから、かまわないといえばそうなのだけれど、しかし、突っ立ってるだけじゃコインは増えないのもまた事実。
「全然よ。アスロックもそろそろやってみたら?」
「ん〜、気が向いたらな。というか、おれはそろそろ腹が減ってきたよ……」
「のんきなことを。ここで稼いで帰らないと、明日のお昼ご飯が食べられなくなっちゃうかもしれないのよ?」
「だったら、なおさら夕飯食ってから仕事を探すべきだと、おれは思う」
「あっそ。なんとも堅実で詰まらない提案だこと」
……いかん。あまりにも当たらなさすぎて、どうにもカリカリし始めてきている。
残るコインは、早くも120枚。多少は当たるから、勝負できるのはあと……大体、14回くらい?
「これは、一枚ずつ賭けるスタイルに戻したほうがいいかもしれないわね……」
元々、あたしは一枚のコインから一万枚当てたんだし。
ああ、でも十枚賭けてれば、一回『777』が当たったときに十万枚手に入るのよねぇ。うう、迷いどころだ……。
「あー、負けた負けた。もうすっからかんだ。ミーティア、お前のほうはどうだ?」
と、コインを手にしたまま悩んでいるあたしにそんな声がかけられた。声の主は言うまでもなく、
「ファルカス。あんた、もう二千五百枚分負けちゃったの?」
「いや、四千五百枚分だ。サーラは五百枚負けた段階で、残りをオレに渡してきたからな」
と、ファルカスが伴っていたサーラが苦笑を浮かべ、
「なんだか、疲れちゃってね。ミーティアちゃんのほうはどう?」
「全然。いまのところ、四千八百八十枚の負けよ」
「オレのこと言えないじゃんか!」
「あー、もう! うるさいわねぇ! 残りでなんとか挽回してみせるわよ。スロットの癖もなんとな〜く見えてきた気がするし、動体視力にも……ちょっとだけ衰えは見えるけど、それでも問題にするレベルの疲れじゃないし。『777』が一度揃えば、それだけであたしたちの負けは帳消しになって、それを遥かに上回るプラスが手に入るの。黙って見てなさい」
「へいへい」
「…………。いざ!」
不規則に、けれど確かな意志を込めて。あたしは三つのボタンを押し込んでいく。絵柄の揃い具合は敢えて見ない。この意思なき機械を制するには、意志をもってする以外に道はない。……しかし、
「……大ハズレ。絵柄、見事にバラバラだぞ」
「くぅっ! おのれ、意思なき機械め!」
「や、意味わからないし」
呆れたように呟くファルカス。
しかし、おかしい。あたしは確かにこのスロット台で『777』を出したのに。
一体、あのときとなにが違う?
ボタンの押し方? あたし自身の疲れ具合? それとも単に運がないだけ?
「いえ、違うわね。わかってた、本当は最初からわかってた」
「なにがだよ……?」
一歩退き、不気味そうに呟くファルカス。
ふっ、わからずとも無理はない。彼はしょせん、欲にまみれた宝探し屋(トレジャー・ハンター)なのだから……。
「ふっ、わからずとも無理はない。彼はしょせん、欲にまみれた宝探し屋(トレジャー・ハンター)なのだから……」
「なんだよいきなり! というか、オレにケンカ売ってんのか、お前! いや、それより頭は大丈夫なのか!? それ、明らかにモノローグ的セリフだよな!? お前の疲れ、疲労困憊(ひろうこんぱい)のレベルに達してるんじゃないのか!?」
「あのときのあたしと、いまのあたしとの違い。それはズバリ、欲のなさ。……つまりは、そう!」
十枚連続でコインを投入!
「わっ! 本当に動いた! 一体、どうやって動かしてるんだろう……。本当、底が知れないわ、科学技術」
あのときのセリフをそのまま再現!
「おいおいおいおい! 文脈繋がってないぞ! というか、会話にすらなってなくないか!? オレ、科学技術よりもお前の底のほうが知れないよ!」
ファルカスがなにか言っているが無視。
あたしはとにかく脳内を必死で検索し、あのとき口にしていた言葉を見つけだす。
「わかってるって。じゃあまず、えい!」
「なにがだよ! お前、もう本当に怖いよ!」
ファルカスのことはとにかく無視し、ボタンをプッシュ!
絵柄は――『7』!
……っと、いけない。喜んじゃいけない。あのとき、あたしはこれで喜んでいた? 否。あのときのあたしはリールが止まったことに感動と驚きを覚えていたはず。
「あ! それより止まった! 本当に止まったわよ! さっきまであんな高速で動いてたのに! というか、残り二つはまだ動いてるのに! 慣性とか一体どうなってるの!?」
「なにが『それより』なんだよ! ……ああもう! オレはもう突っ込まないぞ! 好きにやれ!」
「……なによ、人の感動とか驚きとか、そういうのに水差してくれちゃって」
「はい!? お前、感動とか驚きとか覚えてたの!? 今更すぎないか!? ……って、ああ、突っ込んじまった! もっとスルースキルを磨かないと……!」
ボタンに指をかけ、二つ目のリールの回転を止める。
絵柄は――またしても『7』。
……ふふふ、いいぞいいぞ。段々とモノローグも再現できるようになってきた。テンションもあのときとまったく同じだ。
「――ほいっ、と!」
さあ、これで……!
「『777』ねぇ……。コインが七枚もらえるの? それとも777枚? 後者だったら嬉し――」
「おーい、ミーティア。そろそろこっち側に戻ってこ〜い。そもそも、揃ってないから。最後の絵柄、『さくらんぼ』だから」
はっはっは、なにを仰いますやらアスロックさん。ちゃんと――
「揃ってない!」
「や、だからそう言っただろう……」
アスロックに呆れられるあたし。……なんだろう、この敗北感。まさかこいつに呆れられるだなんて。
あたしはがっくりと肩を落とした。
しかし、今回の敗因は一体どこに? そりゃ、まったく期待していなかったといえば嘘になるけど。やっぱり『――ほいっ、と!』の『――』と『!』がマズかったのだろうか。意思なき機械に欲という名の隙を見せてしまったのだろうか。
「さて、ここらでそろそろ、オレの『強運』を見せつけてやるとするかな」
隣のスロット台の前に座り、ファルカスがジェスチャーであたしにコイン十枚を要求してきた。
「サラッとなに言ってんの。あんたの『強運』は、命に関わるような危機的状況じゃないとまったく頼りにならないじゃない。四千五百枚分も負けたのがその証拠」
「くっ……! そういうお前は四千九百――」
「とぅっ! たあ! たあ! たあ! ……くっ、駄目か」
「聞けよ、おい!」
そんなこんなで続けること約五分。
「くぅ……! 残るはあと十枚。これでラストにするべきか、一枚ずつ賭けていくべきか……」
「や、そこ悩むところじゃないだろ。オレだったら絶対に一枚ずつ賭けてくぞ?」
「むぅ。ファルカス、意外と堅実?」
「いやいやいやいや! ここで一発勝負に出るやつなんて、そうそういないだろう!」
それもそうか。実際、ファルカスがこっちに来てからというもの、あたしは『さくらんぼ』すら揃えられていないわけだし。
……ん? 『ファルカスがこっちに来てからというもの』?
「当たらない原因はあんただぁぁぁぁっ!」
「なんでオレ!? お前、オレが来た段階ですでに四千八百枚以上負けてたじゃないか!」
「そうだけど! それでもチビチビとは当たってたもん! あんたが来てからはそれすらも起こらなくなった!」
「それは言いがかりだろう! いくらなんでも! 単にお前の運が尽きてきてるだけだろ!」
「うぅ……。路銀が尽きて、コインも尽きかけていて、その上運まで尽きてきてるだなんて……」
しかし、嘆いてもなにも変わらない。
なんにせよ、いまは危険な賭けをするときではない。それだけはファルカスの言うとおりだろう。認めるのはシャクだけど。
「というか、最初の『777』を当てた段階で、ミーティアの運はほとんど尽きていたんじゃないか?」
『うっ……!』
思わずうめいてしまうあたしとファルカス。アスロックめ、言ってはいけないことを……。
「……とりあえず、ここまで来たら一蓮托生。死なばもろともよ。皆で挑み、華々しく散ってやりましょう!」
あたしが五枚、ファルカスが二枚、サーラが二枚、渋るアスロックにもムリヤリ一枚コインを握らせて。
「う〜ん、やっぱり駄目だねぇ……」
まず、サーラが脱落。
そして、『強運』持ちであるファルカスも、
「ちっ。二枚じゃオレの『強運』発揮できねぇよ……」
悪態をつきながら、台を離れた。いやいや、こういうギリギリのところで発揮できてこその『強運』なのでは?
そして当然ながら、あたしも、
「負けた負けた……。これは、真面目に働けってことなのかしらねぇ、やっぱり……」
「そうだね。ギャンブルで稼いだお金は、むしろ自分を苦しめるだけなのかもね」
「サーラ、なにその『今回の教訓』みたいなセリフ。……でも、そうね。こういうオチになったのは悔しいけど、サーラの言うとおりなのかも。よし、じゃあ明日から――」
「あ、なあなあ」
「なによ。うるさいわね、アスロック。いま、なんとか無駄に使っちゃった時間を有意義なものに変えようとしてるのに……」
「そっか、邪魔してすまん。ところでさ、これって――」
アスロックの言葉の途中で。
鳴り響く、景気のいい音楽とファンファーレ。
「これって、お前が最初に出した『777』ってやつだよな?」
ジャラジャラジャラ溢れ出てくる、山ほどのコイン。
…………。
……………………。
「――天は我らを見放してはいなかったあぁぁぁぁっ!」
大絶叫。
若干、目に涙すら浮かべながらの、大絶叫。
コイン一枚が一万枚になって。
それが最後の一枚になるまで粘りに粘って。
最後の最後で大当たりって!
ああもう、アスロックってば、マジ無欲! 無欲万歳!
……ん? 『最後の最後で大当たり』?
「振り出しかあぁぁぁぁぁっ!!」
泣いた。
粘って粘って、最後の一枚でようやく出た大当たりで『振り出しに戻る』って……。
しかし、そんなあたしにアスロックはこともなげに、
「いや、振り出しじゃないだろ。最後の一枚の段階が振り出しだったんであって」
「それはそうなんだけど! こう、費やした時間的に振り出しというか!」
ほら! もうカジノに入ってから、かれこれ二時間は経ってるし!
「なあ、それよりもさ。いい加減、帰らないか? おれ、もうヤバいくらい腹減ってるんだけど……」
「う、確かにあたしもお腹空いたかも……」
きゅるる〜、とお腹が鳴る。……サーラの。
「……あはは。わたしもお腹空いちゃったな。ねぇ、これ以上続けても増える保証がないなら、もう換金して帰らない?」
う……。そうしたほうが無難かも。
そう考えながら、ひとり、なにも言わないファルカスに視線を向ける。
「そうだな。実際、もうメシ食いたいし」
あっさり同調しましたね!
まあ、わかっていたけどさあ! 二人の関係性って、いつも大体そんな感じだし!
そんなわけで、コインをお金に換えてもらうべく、あたしたちはカウンターへと足を向けた。……しかし。
「コインはお金に換えられない!?」
思わず叫んでしまった。
え、なに? ということは、いくらコインを増やしても路銀の足しにはまったくならないということに……?
そ、そんなぁ……。
そのあとどうなったか、一応ここに記しておこうと思う。
カジノのコインはお金ではなく、品物と直接交換するシステムになっていた。
コイン一万枚と交換できたのは、『ノートパソコン』とかいう機械。……いやまあ、安物ではあったけど。
それでも、帰りに店で売ったら一応、それなりのまとまったお金は入ってきた。
なので、一応、黒字にはなったのだけれど……。
それでも、もうギャンブルにはのめり込むまい。
だって、カジノでコインを稼いだら、財布の中身がすっからかんになりかけました、だなんて、ねぇ……。
皆も、ギャンブルはほどほどに。
<あとがき>
昨日、お風呂に入っていたらアイデアが浮かび、勢いのままに書き上げました。
貴重な執筆の時間を五時間も割いてしまったわけですが、後悔はしていません。
今回はとにかく『楽しいコメディ』にしようと思いながら書きました。
そして、ブログ小説でミーティアたち四人がメインを張ったのって、もしかしてこれが初!?
時系列的には、『マテリアルゴースト〜いつまでもあなたのそばに〜』の事件が解決したあと、となりますね。
といっても、実はあまり細かく時期が設定できていなかったりします。なにしろ、ノリで書いた作品なので(汗)。
それでも、楽しんでいただけたのなら幸いです。
それでは。
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